モロッコ情勢:観光
平成30年7月24日
モロッコの世界遺産
2001年にモハメッド6世国王が発表した国外からモロッコへの観光促進を目的とする「Azur(アズール)計画」及びその後継である「Azur計画 2」にも見られるように,モロッコは観光事業の開発に力を入れており,日本からも毎年約3万人前後の観光客が訪れています。サハラ砂漠や長く続く美しい海岸線,4000メートル級の山々などの景観豊な自然に加えて,ユネスコ世界遺産(いずれも文化遺産)に登録された次の観光地も主な観光資源となっています。
モロッコの世界遺産暫定一覧表
- フェズ旧市街
- マラケッシュ旧市街
- アイット・ベン・ハッドゥの集落
- 古都メクネス
- テトゥアン旧市街(旧名ティタウィン)
- ヴォルビリス古代遺跡
- エッサウイラ旧市街(旧名モガドール)
- マザガン(エル・ジャディダ)のポルトガル都市
- ラバト:近代都市と歴史的都市が共存する首都
モロッコの世界遺産暫定一覧表
フェズ旧市街

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 1981年 |
位置 | : | 首都ラバトから東へ約200km。ラバトとフェズの間は高速道路で結ばれています。 |
概要 | : | フェズ旧市街(メディナ)は,9世紀初頭,モロッコ初のイスラム王朝であるイドリース朝のイドリースニ世によって建設され,13世紀及び14世紀には,マリーン朝の王都として最盛期を迎えました。主要建造物の多くは当時建設された神学校(メデルサ),宿屋(フォンドゥク),宮殿や邸宅,モスク,給水所等で,都市組織も当時の姿を留めています。首都はラバトに移りましたが,現在でもモロッコの信仰及び文化の中心地とされています。 |
マラケシュ旧市街

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 1985年 |
位置 | : | 首都ラバトから南約340km,高速道路で結ばれています。 |
概要 | : | マラケッシュ旧市街(メディナ)は,11世紀にアル・ムラービト朝によって王都として建設されて 以来,17世紀まで政治,文化の中心であっただけに,王朝時代の建築物が多く残っています:クトゥビア・モスク(12世紀),エル・バディ宮殿跡(16世紀),ベン・ユーセフ新学校(16世紀),サアド朝の墳墓郡(16世紀),その他宮殿,邸宅,庭園,門等。また,メディナの中心地にあたるジャマ・エル・フナ広場は,蛇使い,占い師,猿まわし,民族舞踊師,楽師,アクロバットを演ずる軽業師等大道芸人や屋台で賑わっています。同広場は,2001年,文化的空間としてユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。 |
アイット・ベン・ハッドゥの集落(クサール)

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 1987年 |
位置 | : | 首都ラバトから南へ約460km。 |
概要 | : | モロッコの伝統的集落(クサール)は先サハラ様式の伝統集落で,土造住居の集落が見張り台を設けた防衛目的の城壁で囲まれています。ワルザザート県に位置するアイット・ベン・ハッドゥは,モロッコ南部の典型的な伝統建築様式の集落です。 |
古都メクネス

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 1996年 |
位置 | : | 首都ラバトから東へ約 140km ,ラバトとメクネスの間は高速道路で結ばれています。 |
概要 | : | メクネスは,11世紀にアル・ムラービト朝によって軍事施設として建設されました。その後,アラウイー朝のムーライ・イスマイル(治世 1672-1727)によって王都とされ,壮大な門を要所に設けた高い城壁の中に,ヒスパノ・モレスク様式の都市が造り上げられました。17世紀マグレブ のイスラム様式とヨーロッパ様式の調和の取れた組合せが特長の都市です。 |
テトゥアン旧市街(旧名ティタウィン)

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 1997年 |
位置 | : | 首都ラバトから北東へ約 300km。 |
概要 | : | テトゥアンは,8世紀に始まるモロッコのイスラム期に,モロッコとアンダルシアを結ぶ要衝として重要な役割を果たしました。レコンキスタの後,スペインを追われた難民によって再建された同都市では,アンダルシア文化の影響が建築様式や芸術作品に強く見られます。モロッコでは比較的小規模のメディナ(旧市街)ですが,アンダルシア文化の特徴を最もよく残しているとされています。 |
ヴォルビリス古代遺跡

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 1997年 |
位置 | : | 首都ラバトから東へ約 170km。 |
概要 | : | モロッコに存在したベルベル人の王国マウレタニア王国は,紀元前1世紀から約2世紀に亘ってローマ帝国の 支配ないし保護下に置かれました。この時代の遺跡がモロッコ北部を中心に,数ヶ所残っており,中でもフェズとメクネスの間に位置するヴォルビリスは,凱旋門,礼拝堂等の建造物のほか,モザイク・タイルも多く見られるモロッコ有数のローマ遺跡です。 |
エッサウイラ旧市街(旧名モガドール)

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 2001年 |
位置 | : | 首都ラバトの南西約 450km に位置する大西洋岸の都市 。 |
概要 | : | エッサウイラのメディナは,18世紀末,当時のヨーロッパの軍事建築様式に従って建設された要塞都市です。 20世紀に入って,フランス保護下でカサブランカ,タンジェ等他の港の開発が進められるまで,モロッコ及びサハラ以南の国々とヨーロッパをはじめとする他の国々とを結ぶ重要な貿易港でした。 |
マザガン(エル・ジャディーダ)のポルトガル都市

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 2004年 |
位置 | : | 首都ラバトの南西約 190km に位置する大西洋岸の都市。 |
概要 | : | マザガンのポルトガル都市は,16世紀初頭,ポルトガル人によって城塞都市として建設されました。インドへ向かうポルトガル人の探検家がアフリカ大西洋岸に設けた最初の入植地(植民地)で,ルネッサンスの軍事建築様式と16世紀初期のポルトガル・マヌエル様式の建造物(アソンプション教会,貯水槽)が特徴です。 |
ラバト:近代都市と歴史的都市が共存する首都

写真提供:モロッコ政府観光局(ONMT)
登録年 | : | 2004年 |
位置 | : | 首都ラバト市内 |
概要 | : | モロッコの現在の首都ラバトは,20世紀前半のフランス保護領時代に計画的に改造され,20世紀のヨーロッパ的都市理念を反映した宮廷や住宅,商業地区,庭園などからなる新市街と12世紀から17世紀のイスラム王朝時代の建物も残る旧市街からなるラバトは,過去と現在の建築物が見事に調和しています。 |
モロッコの世界遺産暫定一覧表
世界遺産条約の締約国は,将来「世界遺産一覧表」に記載することが適当であるものの目録として,世界遺産条約の事務局であるユネスコ世界遺産センターへ「暫定一覧表」を提出し,各国はその中から1年で最大2件まで「世界遺産一覧表」への記載を推薦できることになっています。2018年7月現在,モロッコの暫定一覧表には,以下の文化遺産・自然遺産が記載されています(括弧内は記載年)。
- ムーレイ・イドリス・ゼルフーン(1995)
- タザと大モスク(1995)
- ティンメルのモスク(1995)
- リクサスの街(1995)
- エル・グール(1995)
- タフォラルトの洞窟(1995)
- タラセムタンヌ自然公園(1998)
- アジガル竜血樹の生息地(1998)
- フニフィスの干潟(1998)
- ダフラ国立公園(1998) ※「西サハラ」地域内
- フィギグのオアシス(2011)
- カサブランカ:20世紀の都市,影響の交差路(2013)
- ティフメールのオアシス群,ウェッド・ヌンのプレサハラ地域(2016)